平成14年度卒業論文

 

 

「文学作品に捉える美の普遍性(日本と外国との比較)」

 

 

 

 

 

学籍番号 1990179

氏名  片岡大輔

 

 

 

 

 

県立長崎シーボルト大学国際交流学科

指導教員: ケネス・リチャード


目次

 

序文 − 美の外面と内面                                                                       3−6

 

本文 − 文学作品に捉える美の普遍性

 

              第一章 『日本橋』芸者の世界と男女間の駆け引き                   7−11

              第二章 『青砥(あおと)稿花紅(ぞうしはなの)彩画(にしきえ)(弁天小僧)』歌舞伎―主役の絶対的美                                                                                                                                       12−17

              第三章 『ヘッダ・ガーブレル』名前に含まれた女性の魅力    18−24

              第四章 『三人姉妹』一つの詩としての恋                                25−30

              第五章 女の美、男の美:日本と外国との比較                         31−36

あとがき    美と文化の共存                                                            37−39

 

参考文献                                                                                                     40
序文       美の外面と内面

 

 私はこの論文において、日本と外国の文学の中で描き出される女性、男性の魅力がどこにあるのかを比較していきたいと思う。この比較は、日本文学から二編、外国文学から二編を取り上げて論説する。まず始めにこの論文においてキーワードとなる美しさ、美に関して触れる。

 

美しさは人から指定されて感じいるものではなくて、自分で、自分ひとりで、ふっと発見するものです。[i]                    太宰治(19091948

 

美しさとは、自分の目で捉えた対象をただ単なるものとして終わらせず、心を打つような喜びを享受することである。冒頭の太宰治の発言は1936年(S11)に刊行された創作集『晩年』について本人が述べたものである。太宰が言う通り、美しさは人から指定されるものではない。人間が生きてきた経験に基づいて、自分自身が自然と発見するものである。また、美しさは直接見るものを捉えるのだから視覚的な要素が強いと言えるだろう。

 

美は人類の内面にある。それは一つの本能であり意志である。こういう内面的の意味でならこの世界に美は客観的に存在すると言える。[ii]      岸田劉生(18911929

 

美しさと美は異なる。大正の洋画家であった岸田劉生は美について内面的なものであると述べている。先ほどの美しさという言葉が視覚的、外面的な意味合いだとすると、美は内面的で客観的なものだと言えるだろう。美という言葉一つの中にも様々な種類が存在する。目に見えない道徳的な美、人間性としての美など、各々が価値のあるものであり、実際に人間が場面場面によってそれぞれ感じることである。人生の中で、自然と自分の中で感じ取るようになる、一種の憧れだと言える。そしてその人物の、人生における経験や生活環境によって、美の感覚は成長していく。だから当然、私が感じる美を第三者が受け入れてくれるかといえば、そうとも限らない。その人の生き方や、芸術に触れる経験、また生きた年月の長さによっても異なるだろう。よって美の捉え方は人それぞれで異なるのである。しかし内面的な美という点で、共通したものだと言える。

実際、日常生活の中で、美という言葉や観念について考える機会は少ないかもしれないが、美しさという面ではたびたび遭遇しているはずである。例えば街を歩いていて綺麗な人を見かければ、自然と注目してしまう。これは美しさを感じる一つの瞬間である。また、美術館で一枚の絵画に魅了されることなど当然美しさに触れているわけである。しかし、美術的な絵画には単なる美しさだけでなく、美を認識する場合がある。岸田劉生は次のように述べている。

 

「立派な美術を見れば見るほど、吾々はまたさらに自然の美を慕う。」[iii]

 

つまり視覚的な美しさから自然の美を引き起こすような美に変換するのである。  

また、目に見えない美を人間がどこで遭遇しているのか、その最も大きな部分は小説などの文学や、映画、演劇などである。実際、生活の中で起こる様々な出来事の中にももちろん道徳心のような美は存在する。しかし、実生活の時間の流れによって、その美は一時的なものであり薄れていく傾向にあると思う。一方、小説や映画は、一つの形として残っているものだから強く印象に残る。そしていつでもその美を振り返って感じ取ることが出来るのである。

私がこのように美について関心を持つようになったのも、文学作品に影響されたところが大きい。文学作品には、読者の心を動かす魅力的なものが存在する。それもまた美と考えておかしくないだろう。そして当然同じ作品であっても読者によって感じるものが違えば、惹かれる対象も異なる。しかし多くの読者に支持され、時代が変わっても読み続けられる作品がある。このような作品は文章中に美を感じ取ることのできる要素が多く、そして強く含まれているからだと思う。作品を読みながら、自分の中で心が高ぶったり、自然と自分が作品の中に入り込んで、ある登場人物と同化したり、または作品中の人物に惹かれてしまうということもある。その惹かれる対象も異性だけでなく同性についてもそう感じる時がある。このように文学を通して感じるのはやはり魅力的な美が存在しているからである。

美を認識するのに、いちいち頭の中で順序立てて、美という答えを出すものではない。感覚的に頭の中で鮮やかな印象がにじみ出るように感じるのである。それが文学作品にはあると私は思う。当然文学作品は、頭の中に情景を浮かべ筋を展開していく。目に見える美しさはなく、そのまま自分の中で美を捉えることが出来るのである。だから美という観念が、文学作品にはそのまま浸透していく。このようなことから、文学作品が美を捉える普遍的な芸術として認めることが出来るだろう。

私はこのように文学作品には魅力的な美が存在すると思う。そしてここで提起しておきたいのは、それを生み出す最も不可欠な部分が、作品中の男女関係の姿によるものだということである。初めに述べたように美は人間の憧れである。同様に文学の中の人物に憧れを感じるということは美を捉えているのと同じことである。逆から見れば、作者が憧れの存在、理想の人物像を創り上げ、作品の中で男女が惹かれ合う。そうなると作品の登場人物は、作者の美意識が関係してくることになる。時代を問わず読者に受け入れられる作品は、それだけ普遍的な美を表現していると言えるだろう。

この論文の本文では、まず日本の作品である『日本橋』(1914)、『青砥(あおと)稿花紅(ぞうしはなの)彩画(にしきえ)』(1862)という近代期に書かれたものを選んだ。その理由は、私自身この時代が日本人の気質や魅力が顕著に現れていると感じるからである。これらの作品で描かれる人物は皆和服を着ている。洋服が普及する前のこの時期は、和服のように日本人の独自な文化があり、それによってはっきりと日本人を感じることができる。そして美しさを持つ和服が、日本人の気質を捉える美に関わっていると私は考える。よってその文化の中で、現代の私にも通じる、日本人の心の動きが見て取れるのである。

『日本橋』は泉鏡花(18731939)が1914年に書いた小説である。日本橋をはさむ二つの芸者街。芸者の世界も町によってその特色が違う。その対照的な芸者の世界を舞台に、男性との恋愛を物語っている。私がこの作品の登場人物で最も魅力を感じるのは、お孝という深川の芸者である。お孝は葛木という医学士と恋に落ちるのだが、彼女の気質や態度には日本人の女性としての魅力を強く感じる。この作品では特に日本の女性、また芸者の世界に生きる女性を中心に取り上げ、その精神的な美を追求し、男性との関係のつながりについて分析していこうと思う。

『青砥稿花紅彩画』は通称『弁天小僧』とも呼ばれる、河竹黙阿弥(18161893)の歌舞伎である。弁天小僧とは盗人である主人公のことを指す。当然、この作品も私が魅力を感じるものであり、弁天小僧も最も好きな人物である。弁天小僧の盗人という肩書きから、これまで述べてきた美の対象にそぐわないというのは間違いである。現実の盗人は罪であるが、文学の上でその人物像を設定しているのは興味を引かれる。私のように魅力を感じる読者も多いはずである。そうでなければ、現代までこの作品が読み続けられることはない。この作品では弁天小僧自身に注目し、日本人男性の魅力を取り上げ、盗人という職との関係、物語での弁天小僧の人間性を分析する。また歌舞伎の演出についても触れる。

次に外国の作品からは、『ヘッダ・ガーブレル(HEDDA GABLER)』(1890)、『三人姉妹(THREE SISTERS)』(1901)を選んだ。作者のHenrik Ibsen18281906)はノルウェー、AntonPChekhov18601904)はロシアの劇作家であり、同時期に生きた人物である。

『ヘッダ・ガーブレル』はその名の通りヘッダ・ガーブレルという女性を描いた戯曲である。この作品は、題名そのものに主人公の名がそのまま使われていることから分かる様に、一種強烈な人間性を持つ女性を中心に描いている。しかし、その女性を私は魅力的だと思う。それはある部分で『日本橋』のお孝と通じる部分がある。その点からも女性の美について、日本と外国との比較が出来ると考えている。また、男女の人間模様や、互いのどこに魅力を感じるかといった、相互の駆け引きを分析するのに、議論の対象と成り得る作品である。

続いて『三人姉妹』であるが、この作品はオーリガ、マーシャ、イリーナの三人姉妹が、それぞれの生き方や恋愛観を、男性との駆け引きや争いの中で発展させていく様子をはっきりと描いている作品である。三人の女性、個人個人が別々の性格を持ち、関係する男性も様々で、男女間の関係を表す描写が生き生きとしている。作品の中で登場する人物の人数は他の作品と比べて最も多い。よって一つの作品という世界の中で、同じ基準でそれぞれの人物を正確に分析することができる。またこの作品は、その時代背景、登場人物の置かれた立場など、社会的な要素を多く含んでいる。これは『日本橋』『青砥稿花紅彩画』が作られた、近代への狭間の時代という作者の立場と比較できる。

この論文では以上の四作品を取り扱い、それぞれの作品論を展開し、美の普遍性について分析していく。そして日本と外国における美の捉え方の違い、男女間の駆け引きとしての美、文学作品としての美について比較する。

 

 

 

 


第一章    「芸者の世界と男女間の駆け引き」

 

『日本橋』1914)泉鏡花作

 [iv]

 

テキスト ボックス: 医学士である葛木晋三は数年もの間、行方知れずの姉と面影を重ねて瀧の家の清葉に恋し、通い続ける。ある晩、葛木は自分の気持ちを清葉に伝えるが、振られてしまう。
すると、清葉にライバル心を持っている稲葉屋のお孝がそれを知り、葛木に迫っていく。そしてそれまでお孝と生活を共にしていた五十嵐傳吾はお孝に追い出される。
五十嵐傳吾はそれから葛木に敵意を持つようになる。五十嵐は葛木を襲おうとするが、葛木に言葉でうまく操られてしまう。
その後葛木は、一人で遍路の旅に出る。お孝は葛木がいなくなってからはふさぎ込んでしまい、心の病にかかってしまう。
翌年の春、お孝がいる稲葉屋で火事が起こる。お孝に恨みを持っている五十嵐は火事をいい機会だと侵入し、お孝を刀で切り殺してしまう。しかし五十嵐が切ったのはお孝ではなく、妹分のお千世であった。
お千世の死を目で見たお孝は五十嵐に対して復讐の念を抱き、五十嵐の前に現れる。五十嵐は殺したはずだと思っているお孝が目の前にいるのを、幽霊かと思い怯える。しかしお孝は事実を説明し、刀を渡すように言い付ける。そしてお孝は五十嵐を切りつけ殺してしまう。
ここで葛木が旅僧の姿でお孝の前に現れる。五十嵐を殺してしまったお孝は、罪を背負うことを告げる。清葉がやってきてお孝が遺言を話す。そしてお孝はあらかじめ懐に入れておいた硝酸を取り出し、服毒自殺する。
 

 

「日本橋」という言葉だけで頭の中に思い浮かべる風景がある。それは江戸・明治の文化的に栄えた町並みだ。だからこの作品を手に取ったとき題名だけ聞いて、現代小説だと思う人は誰もいないだろう。たとえ現代の日本橋を舞台にした小説であっても江戸日本橋の創られた世界を外に置くことはできない。それだけ時代的意味の濃い地名なのである。また同じように、この作品が書かれた当時、読者は「日本橋」と聞けば芸者を思い浮かべたに違いない。そしてこの作品を読んだ人々は日本橋の町で繰り広げられる芸者との恋物語に憧れや願望を抱き、芸者の世界を心の中で楽しんだのだろう。

 私はこの作品を読むことによって日本橋の世界を知った。知ったといっても頭の中でのことである。できることならばこの世界に触れてみたい。そうすればこの作品をさらに面白く読めるだろう。またもっと多くのことに趣きや日本の美を感じ取れるかもしれない。ここでは『日本橋』という作品を通して、現在の自分の意見を述べていきたいと思う。

 

 この『日本橋』の中には現代にない日本人の美的感覚、日本的なものが存在する。しかし現代にないといっても、古めかしいという印象は与えない。それは文明の狭間である大正期にこの作品が書かれ、歴史ある日本橋を舞台にしているからである。そこでまず、日本の美、日本的なものについて考察していきたい。日本的な美とは何なのか、私はそれは西欧のような華やかさを持つものではなく、薄暗い静寂を含んだ美であると思う。つまり静かさ、暗さといった空間の中に、かすかな光が射し込んでいるような状態がふさわしい。また男と女の恋愛に関しては、その異性間の距離が近からず、遠からずといった微妙な間が存在することに、日本的な情緒があると思う。作品を見ていくと、この『日本橋』では男と女の恋愛に関わっていく人物として葛木、五十嵐、清葉、お孝が登場する。この四人はそれぞれが全く違う人間性を持っているが、気持ちを寄せる人物に対する想いは純粋で、実らない恋に対して悲しく、果敢ない一面は読者を惹き付ける。そして作品の場面場面において、個々が語りかける言葉に日本語の美しさを捉えることが出来る。このような魅力的要素を、実際に作品の中から取り上げていきたい。そこでまず次の場面を挙げる。これは葛木が清葉を想い、清葉がいる瀧の家へ数年通い続け、そしてついに想いを打ち明ける場面である。この場面から日本女性の貞操の美、そして言葉の美しさを読み取ることが出来る。

 

 葛木が清葉に告白する場面:

 

  葛木「惚れたと云ふのが不躾(ぶしつけ)であるなら、

                                可懐(なつかし)いんです、(ゆかし)いんだ、(したは)しいんです。」[v]

                          

  清葉「一人極つた人があれば果敢(はか)ないながら芸者でも操を立てねば成りません。

           芸者の(みさを) 貴方お笑ひなさいまし。私は泣いて、

                                        其のお別れの杯を頂きませう。」[vi] 

                         

葛木は医学士であり、知的で現代的な人物。そして清葉は清らかな葉と名にあるように清楚で古風な芸者である。この二人のやりとりから芸者とお客との恋愛、芸者の世界というものを想像することができる。清葉は芸者の操を立てるためにと葛木の告白を断る。この有り様は日本的な男と女のけじめである。葛木は清葉を想い、通い続け、告白してしまったことで別れが来てしまう。だから葛木はこれまで何年も告白することが出来なかった。清葉に近付きたいが、恋が実らなかったらそこで別れがやってきてしまう。この男と女の駆け引きこそが日本の文化であり、美であると思う。

 この葛木が清葉に振られた後、今度は葛木がお孝に言い寄られる。そしてお孝が葛木に投げかける言葉も、清葉とは対照的であるが、また女性の美を捉えることが出来る。

 

 お孝が葛木に気持ちを伝える場面:

 

  お孝「姉さんで可愛(かはい)がられるのに不足なら、妹にまけて可愛がられて上げませう。()  

          姉妹(とこ)に成つてなかよくしませう。許嫁(いひなづけ)でも、夫婦でも、情婦(いろ)でも、私、まける

          わ、サの字だから。鬼にでも、魔にでも、蛇体にでも、何にでも成つて見せて

          よ、芸人ですもの。」[vii]

                      

 この言葉を聞くと、やはりお孝は清葉と対照的な人物であると感じる。清葉が清楚というならお孝は女らしいと言えるかもしれない。葛木には生き別れになった姉の存在が心の中に留まっている。そしてお孝は葛木が心の中で探している姉の姿を、清葉から自分へと変えさせようとするのである。そのことをはっきりと伝え、魅惑的な表現で訴えている。ここで興味深いことは、この葛木という人物が作者である鏡花自身と重なっていることだろう。鏡花は医学士であり、姉も存在する。また姉を慕っていたことも事実である。[viii] このようなことから、鏡花のこの作品に対する思いが伝わってくる。そして芸者である自分を芸人と言い、葛木のために尽くそうとする女性的な魅力が存在していると思う。また、この作品の中に出てくる男と女の言葉には古文的な要素が含まれており、恋文を聞いているかのような印象を受ける。『日本橋』は現代文学でありながら、古語の美しさをうまく表現している作品だと言える。

 

 続いて作品の中から、死に関することについて分析していきたい。文学作品の展開としてしばしば用いられるのが人間の死である。その人間の死にも様々な種類と効果がある。例を挙げると病死、戦死、事故死、自殺といったものがある。物語の中での人間の死には読者を感動させたり、悲しい気持ちにさせたりと、心に深く響かせる効果がある。中でも文学作品でよく使われる設定は愛する人間の死である。私もそういった作品を読み、心を打たれた経験がしばしばある。そしてこの『日本橋』にも死が存在する。一応この作品は恋愛小説だと言えなくはない。しかし私がこれまで読んできた作品と比べると、一種変わった印象を受けた。それはこの作品が、死の悲しみの背景に嫉妬や恨みのほか、日本的な芸者社会が舞台となっているからだと思う。この物語の中では最終的にお孝、五十嵐、お孝の妹分であるお千世の三人が死ぬこととなる。

まず五十嵐についてだが、この作品の中で彼はやくざ風の男として描かれている。また熊の毛皮を身にまとっているので熊と呼ばれており、野蛮、ろくでなしといった印象を受ける。そして五十嵐が登場する場面では、たびたび刀が登場する。これは物語の展開にとって非常に重要なことである。なぜならその刀が関係して、三人もの人間が死ぬからである。では五十嵐が刃物を持ち出す場面を挙げてみる。

 

お孝が葛木に惚れ、そのために五十嵐が追い出される場面:

 

    お孝「短刀をお抜き、さあ、お殺し、殺しやうに注文がある。切つちや不可(いけな)い、十

          の字を二つ両方へ草冠(くさかんむり)とやらに(いはく)をかいて。とお前ん、…葛木と云ふ字に、突いて殺せ。」[ix]

         

五十嵐が葛木を妬み、刀を持って襲う場面:

 

      葛木「一口(ひとふり)渡せ、一挺貸せ。――持たんのか。一本しかない刃物なら、暗撃(やみうち)にしろ。

           離れて(ねら)へ。遠くから打て。前に廻って、名告(なのり)掛けて、生命の与奪(やりとり)をすると云

           ふに、(かたき)の得ものを用意しない奴があるものか、はははは、馬鹿だな。」[x]  

                      

五十嵐がお千世をお孝と間違えて殺してしまう場面:

 

         「振向く処を一刀(ひとかたな)、向うづきに、グサと突いたが脇腹で、アツと殆ど無意識に手で(きず) 抑へざまに、弱腰を横に落す処を、引なぐりに()一刀(ひとたち)、肩さきをカツと当てた。」[xi]    

                    

 これらの三つの場面で五十嵐は刀を持ってはいるものの、初めはその勇気がなく、逆に相手にばかにされてしまう。要するに五十嵐は外見が荒々しいのに反して、内面が不甲斐ない人物なのである。この作品の中の脇役である五十嵐はその心の弱さによって物語の展開を作り上げ、最後に死という哀れな段階へと進んでしまう。この人物に関しては哀れとしか言いようがない。しかも五十嵐は、お孝(本当はお千世)を殺し、お孝に殺されるのである。殺したはずのお孝が目の前に現れ、自分を殺そうとするのだから怯えてしまう。そしてお千世を殺した刀で殺される。結局この『日本橋』は五十嵐の行動によって状況が変わり、結末へと導かれる。その点でこの五十嵐の存在は大きいと考えた。

 

次にお孝について考えていきたい。お孝も五十嵐と同様『日本橋』で死に関わる人物である。お孝の発する言葉には五十嵐とは逆に内面の強さ、女の強さというものを感じる。また女らしさ、はかなさというものも兼ね揃えた人物である。先ほど挙げた五十嵐に言いつける「葛木という字に突いて殺せ」など荒々しい文句には、恐れをも忘れてしまうくらいに立ち向かう女の肝っ玉のようなものを感じた。死に関してのお孝を見てみても、五十嵐とは反対に哀れではなく、勝ちたるものである。しかし私から見ればお孝は悲しい人物である。お孝は葛木と別れるまではとても活力があり、魅力のある女である。しかし葛木と別れてからは心を患ってしまう。そして正気に戻るのはお千世が殺された後である。そして仇をうち、自分も薬で自殺する。お孝の人生は葛木と別れたことで終わったと言ってもいい。だからお孝の人生は恋愛の人生そのものである。愛する人を失った時点でその人生は終わったのである。服毒自殺したお孝の行動がそれを証明している。またその死が、お孝をはかなく感じさせる。

この物語での「死」は芸者と男に関係する人生の生き様のような印象を受けた。だから他の作品に見られる「死」の効果とはまったく違う。私はこの「死」に対して、人間の死の悲しみではなく、芸者の世界・女の人生として捉えることが出来ると思う。

 

芸者の物語でここまで過激な展開を描いていることは、現代の私が読んでも新鮮なものに感じ、惹かれてしまう。そして日本人の男と女の恋について、日本らしさと日本的な美を描いている。これは登場する人物の個々の性格や人間性をはっきりと振り分け、味わいのある人間に仕立て上げている、鏡花の芸術だと言えるだろう。斎藤野の人(18781909)は鏡花の作品について、次のように述べている。

 

「鏡花の小説の女ほど、美しく優しく燃ゆる様な情があって、しかも涼しい程透き徹る様な少しも濁りけのない智慧をもって、さばけて、意気で、粋で、しかも照り輝くばかり品が可い女はなかろう。」[xii] 

 

確かにお孝、清葉二人を見れば、その通りの光り輝いた女性だと言える。清葉にしてもお孝にしても魅力的な女性である。また葛木、お孝、清葉、五十嵐と全ての人物関係において対照的な部分があり、対比することができる。お孝と清葉、二人の芸者の異なる人間性。葛木と五十嵐の男臭さや、男の魅力の違い。それぞれにおいて物語の展開を興味深く進めている。先ほど取り上げたように、物語としての「死」をうまく芸者の人生に照らし出しているところにこの作品の魅力を感じ、言葉の巧みさに日本語の美しさを感じた。この『日本橋』を読むことで、大正という文化の狭間である時代の文学に興味を覚えた。そしてもちろん、日本的な女性、男性の魅力というものに普遍的な美を捉えることが出来る。


第二章    「歌舞伎:主役の絶対的美」

 

『青砥稿花紅彩画(弁天小僧)』1862)河竹黙阿弥作

テキスト ボックス: 序幕 新清水の場
 鎌倉にある初瀬寺が舞台。小山の息女千寿姫は、許婚とされる亡き夫、信田小太郎の追善のためにこの寺を訪れる。ここで小太郎に成り済ました盗人弁天小僧が登場する。そしてこの小太郎を信じ契りを交わした後、生前小太郎が結納に送った「胡蝶の香合」を弁天小僧が騙し取る。

第3幕 雪の下浜松屋の場
 鎌倉の反物屋、浜松屋が舞台。早瀬主水の娘に扮装した弁天小僧は浜松屋に赴き、そこでわざと店の反物を万引きしたと見せかける。そしてあらかじめ他の店で買っておいた反物を出し身の潔白を証明し、店の者にその強請をかける。しかし男だと見破られ、弁天小僧は正体を現す。

 同  奥座敷の場
 弁天小僧が浜松屋の実の子であることが分かる。

第4幕 稲瀬川勢揃いの場
 日本駄右衛門、弁天小僧らの五人組は稲瀬川の土手に集結する。

第5幕 極楽寺山門の場・滑川土橋の場
 「胡蝶の香合」は浜松屋の番頭与九郎の手に渡るが、その後五人組の居所を教えた狼の悪次郎の元に行く。そしてその悪次郎を弁天小僧は追い詰め刀で切るが、香合を稲瀬川に落としてしまう。そこで覚悟を決めた弁天小僧は自害する。
 [xiii]

 

青砥(あおと)稿花紅(ぞうしはなの)彩画(にしきえ)』は1862年(文久2年)江戸市村座[xiv]により初演された。もちろん現在まで上演されている、歌舞伎の大作である。この作品の魅力を考えた場合、やはり主人公である弁天小僧の人物像が中心となるだろう。弁天小僧は盗人という存在でありながら、魅力があり、憎めない人物である。その弁天小僧を、歌舞伎の中で人情味溢れる芝居に仕上げている。また『青砥稿花紅彩画』は歌舞伎作品ということもあり、演劇の組み立てや演出効果などあらゆる技巧が用いられている。作品を通して、いくつかの場面に分かれているのも、弁天小僧という人物を際立たせるために行なった工夫だと言える。つまり、この作品は全部で五段に別れているのだが、それぞれの段が各々作品の中での役割が異なっているのである。ここでは作品の流れを段ごとに取り上げ、その中で弁天小僧という人物の魅力と、歌舞伎作品としての普遍的な美について考えていく。

まず序幕、弁天小僧の登場である。

 

序幕「新清水の場」

 

弁天「あ咲いたわ咲いたわ、実に金花(きんか)の寄峰霞の(うら)に現るると、唐土人(もろこしびと)の連ねしも()くやらん、歌人(おも)いを労し、画人は筆をなやます風景、はて面白の眺めじゃなあ。」

 (トこの(うち)千寿姫は弁天を見て見惚(みと)れる思い入れ。腰元皆々よい男だという動作(こなし)、その

時腰元一、腰元二に(ささや)くことありて)[xv]

 

弁天小僧のこの台詞だけで主役の優雅さ、華やかさを感じることができる。歌舞伎の舞台で主役の登場は、観客を惹き付けるために大変重要な場面である。弁天小僧の台詞には歌のような美しさがあり、見ているものをうっとりさせてしまう。この芝居を通して弁天小僧の発言にはそのようなものが多い。やはり弁天小僧という人物を観客に印象付けるには、登場で華々しい台詞を述べることが効果的だと言える。

次も序幕の中の一場面である。弁天小僧が小太郎という千寿姫の許婚とされる人物に扮装して、「香合」[xvi] を騙し取る。これは序幕で中心の話題であり、作品で初めて弁天小僧が盗人としての一面を示している。

 

序幕「新清水の場」

 

千寿「((うつ)()いていて)小太郎様、御機嫌よろしゅうござりますか。」

弁天「(びっくりして)なに拙者を小太郎、(わし)は、そのようなものではござらぬわいの。」

千寿「いえいえお隠し遊ばしまするな、よう聞いて存じておりますわいな。」

弁天「なに、聞いたとは、そんなら駒平、そちがこの身の素性(すじょう)をば、」

南郷「へい、ついしゃべりましてござりまする。(ト頭をかく、弁天思い入れあって)

弁天「聞いたとあれば包んで詮なし、いかにも信田(しだ)の小太郎じゃが、浮世を忍ぶ日陰の身の上、必ずともに人に沙汰ばししたもうな。」[xvii]

            (中略)

千寿「これもやっぱり観音様のお助けでがなござりましょう。(ト懐中より香合(こうごう)を出して)

   この香合は、あなたがいつぞや送られし品なれど、今日(きょう)の仏事に宝前へ供えしが、

   心よからぬ典蔵が目をかくるとの腰元が知らせ、それ故(わらわ)が所持なせば、替わらぬ印にこの品は、あなたへお預け申しましょう。」

弁天「なるほど、(わし)がしっかりと預かりましょう。」[xviii]

 

 先ほど述べたように、序幕は弁天小僧を観客に印象付ける役割を果たしている。つまり、弁天小僧の登場で魅力的な男性の部分を表現し、そして次に盗人としての一面を示しているのである。ここで弁天小僧は小太郎という男に扮装する。この作品において弁天小僧が扮装することは欠かせない要素である。なぜなら、三幕においても弁天小僧は女性に扮装する。この場面は作品の中で最も重要な場面だと言って過言ではない。三幕については後で詳しく述べるが、とにかくこの序幕で弁天小僧における、扮装と盗みとの必然性を示す役割を持っていると思う。また、序幕において弁天小僧の盗みは成功するが、三幕の盗みは失敗する。そして三幕では弁天小僧が皆の前で正体を明かす。この序幕と三幕での対照関係、そして正体を表すという展開につなげていく、黙阿弥の演劇としての組み立ては見事である。このように序幕では、弁天小僧という人物を観客に分かってもらうために、話の筋となる要素を紹介し、続いていく場面との関連性を持たせている。

 

続いて三幕の場面に注目したい。これは先ほど述べたように、この作品を通して最も印象的な場面であり、弁天小僧が華々しく演じている部分である。弁天小僧が二階堂信濃守のお目付役、早瀬主水の息女と名乗り反物屋に出向き、あらかじめ他の店で買った緋鹿の子の布をわざと懐に入れて、店の者に万引きしたように見せかける。そして嫌疑を晴らしその賠償をたかるが、最後は弁天小僧の正体がばれてしまうのである。そして女装した弁天小僧が男の姿に変わってしまう。

 

三幕「雪の下浜松屋の場」

 

弁天「それじゃあ、まだ(わつ)(ちら)をお前方(めえかた)は知らねぇか。」

与九「おお、何処(どこ)の馬の骨か、」

皆々「知らねぇわ。」

弁天「知らざあ言って聞かせやしょう。浜の真砂(まさご)と五右衛門が歌に残せし盗人の種は尽きねぇ七里々浜、その白波の夜働(よばたら)き、以前を言やあ江之島で年季勤めの児々(ちごが)(ふち)、江戸の百味講(ひゃくみ)蒔銭(まきせん)を当てに小皿の一文子(もんこ)、百が二百と賽銭(さいせん)のくすね(ぜに)せえだんだんに悪事はのぼる(かみ)の宮、岩本院(いわもといん)講中(こうじゅう)枕捜(まくらさが)しも(たび)重なり、お手長講(てながこう)を札付きにとうとう島を追い出され、それから若衆(わかしゅ)美人局(つつもたせ)、ここやかしこの寺島(てらじま)で小耳に聞いた祖父(じい)さんの似ぬ声色(こわいろ)で小ゆすりかたり、名さえ由縁(ゆかり)の弁天小僧菊之助とはおれがこった。」[xix]

 

三幕のこの場面は、やはり作品の中でも最も魅力的な部分である。これは一種の変身と言える。女性に変装した弁天小僧が正体を明かし、着物を脱いで刺青を見せ付ける。要するに頭、顔、衣装、化粧は女であり、中身の人間と刺青だけが男という男女が共存した姿である。これには観客も惹き付けられてしまう。今まで女性として演じていた弁天小僧が、正体がばれると自分の本当の姿を派手にさらけ出す。決して逃げないのである。そして弁天小僧の姿は女性の美と男性の美とが混在して、ある意味魅惑的だと言えるだろう。この弁天小僧の姿は美しいと感じることが出来る。弁天小僧の台詞もまた、江戸っ子的な感じがする。この部分で弁天小僧は、自分の伝説や荒行を勇ましく語り、名前を告げるのであるが、この言い回しが観客の心を高ぶらせる。女の着物を脱ぎ、桜の刺青を見せ付ける弁天小僧に、女から男へ一変する歌舞伎の醍醐味、魅力を感じる。日本の演劇ではしばしばこのような見せ場[xx] が存在する。この見せ場は、その一定時間、演じる役者のものとなる。他の登場人物は、あたかも時間が止まったかのようにその役者を見守る。そういった、一人の人物を注目させる演出もまた、観客が魅力を感じてしまう理由であると思う。歌舞伎の公演でこのような見せ場が来た時、観客は掛け声を掛けることがしばしばある。このことから分かるように、日本人にとって役者の絶対的な見せ場は歌舞伎の醍醐味であると言える。

 この派手で華々しい弁天小僧の浜松屋での場面が終わると、作品の印象ががらりと変わる。ここから作品の終わりまでは、少ししんみりとするような展開である。

 次は、先ほどの刺青を見せた直後の場面である。ここで弁天小僧が、お金をたかろうとした浜松屋の実の息子だったことが判明する。

 

三幕「雪の下奥座敷の場」

 

駄右「何ぞ子息にこれぞという証拠のものはござらぬか。」

幸兵「別に証拠もござらぬが、その折腰に提げたる巾着(きんちゃく)(きれ)は赤地の鴛鴦布(おしどりぎれ)(うち)に入れたその品は初瀬の御影(みえい)臍緒書(ほぞのおがき)、「(かん)(ぶん)元年、(みずのと)()四月二十日()の時の誕生、幸兵衛幸吉」と書き記してござりまする。」

駄右「寛文元年卯の年は、今年で丁度十七年、さすればおれと同じ年、(トこれを聞き弁天小僧思い入れあって、腹に巻きし鬱紺(うこん)木綿の守袋(まもりぶくろ)より、赤地の綿の巾着を出し)」

弁天「その鴛鴦布の巾着は、もしやこれではござりませぬか。(ト出して見せる、幸兵衛取り上げ見て)」

幸兵「まことにこれぞ覚えの巾着、」

宗之「そんなら、お前が、」

弁天「その幸吉でござります。」[xxi]

 

 歌舞伎というのは、悪くとれば出来過ぎた話だと言えるかもしれない。この展開にしても、弁天小僧が浜松屋の実の息子だったというのは現実ではあり得ない。しかし、こういう希有な設定であっても観客は満足する。その作品の設定に納得するのである。逆に言えば、現実で考えられない状態が歌舞伎の魅力だと言えるかもしれない。先ほどの、弁天小僧が女性から男性へと変身する場面の直後に、この流れを持ってきたのも一つの工夫である。あの変身のような派手な場面が作品の中盤に繰り広げられた後では、少なからず観客はいったん興奮が冷めてしまうはずである。この先の話は内容が下降していくのではないかと考える。そこで直後に浜松屋の息子であったという状況を持ってくれば、観客の心を引き続き掴むことができる。よってこの話題は作品の続きを期待させる効果を持っているのである。そしてこの工夫から作品の終幕へとつなげていく。最終の五幕、弁天小僧は刀で自害してしまう。

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弁天「故主(こしゅう)の御息女千寿姫を勾引(かどわ)かしたる言い訳に、千辛(せんしん)万苦(ばんく)で取り得たる胡蝶の香合

   投げ込みし下は早瀬の滑川、渦巻く水に行方さえ、(たれ)白波の身の終わり、梢烈しき夜嵐(よあらし)