今は昔、 中納言なる人の、 女あまた持たまへるおはしき。
大君、中の君には婿どりして、 西の対、 東の対に、
はなばなとして住ませたてまつりたまふに、 「三四の君、
裳着せたてまつりたまはむ」とて、 かしづきそしたまふ。
また時々通ひたまふわかうどほり腹の君とて、 母もなき御女おはす。
北の方、 心やいかがおはしけむ、 つかうまつる御達の数にだに思さず、
寝殿の放出の、 また一間なる落窪なる所の、 二間なるになむ
住ませたまひける。 君達とも言はず、 御方とはまして
言はせたまふべくもあらず。名をつけむとすれば、 さすがに、
おとどの思す心あるべしとつつみたまひて、 「
落窪の君と言へ」とのたまへば、 人々もさ言ふ。
女: むすめ 持たまへる: もたまへる 大君: おほいぎみ
中の君: なかのきみ 婿どり:むこどり 西の対: にしのたい
東の対: ひんがしのたい 裳着せ: もきせ
時々通ひたまふ: ときどきかよひたまふ 腹の君: はらのきみ
御女: むすめ 北の方: きたのかた 御達の数: ごたちのかず
思さず: おぼさず 寝殿: しんでん 放出: はなちいで
一間: ひとま 落窪:おちくぼ 二間: ふたま
君達: きんだち 御方: おんかた 思す: おぼす
落窪:おちくぼ
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